高齢者と同居する家族のための避難訓練:実践シナリオと課題改善の視点
はじめに:高齢者と同居する家庭の防災訓練の重要性
高齢のご家族と同居されている場合、地震や風水害といった災害時における避難行動に不安を感じる方は少なくないでしょう。特に、高齢者の体力や判断力、持病などを考慮した避難計画は、一般的なものとは異なる配慮が必要となります。家族構成に合わせた避難訓練は、いざという時の冷静な行動を促し、安全な避難へとつながる重要なステップです。
このウェブサイトでは、高齢者を含むご家族が安心して災害に備えられるよう、家庭での避難訓練の具体的なシナリオ検討、訓練から見つかる課題とその改善策について、実践的な情報を提供いたします。
高齢者の特性を理解した避難計画の基礎
高齢者の避難を考える上で、まずその特性を理解することが不可欠です。
- 身体能力の変化: 足元の不安定さ、階段の昇降の困難さ、長時間の歩行能力の低下などが挙げられます。
- 認知機能の変化: 緊急時の状況判断に時間がかかったり、指示の理解に時間がかかったりする場合があります。
- 感覚器の変化: 聴力や視力の低下により、警報音や視覚情報への反応が遅れる可能性があります。
- 持病や常備薬: 持病がある場合は、避難経路や避難先での医療体制、常用薬の確保などを考慮する必要があります。
これらの特性を踏まえ、家族一人ひとりの状況に合わせたきめ細やかな計画が求められます。
家族内での防災会議と役割分担の進め方
家族で防災について話し合うきっかけがない、どのように進めたら良いか分からないといった声も聞かれます。まずは、肩肘張らずに話し合いの場を設けることが第一歩です。
家族会議のポイント
- 話しやすい雰囲気作り: 食事中や団らんの時間など、リラックスできる時に始めることが望ましいでしょう。「もしもの時、どうする?」といった柔らかい問いかけから入ってみてください。
- 全員で参加: 高齢のご家族も含め、全員が当事者意識を持てるように参加を促します。一方的な指示ではなく、意見を尊重する姿勢が重要です。
- 具体的なシミュレーション: 例えば、「大きな地震が起きたら、まずどうする?」といった具体的な問いかけをすることで、それぞれの考えや不安が明らかになります。
- 役割分担の明確化: 誰が何を担うのかを事前に決めておくことで、混乱を避けることができます。例えば、以下のような役割分担が考えられます。
- 安否確認担当: 家族全員の安否を確認し、点呼を取る。
- 高齢者介助担当: 高齢者の避難を介助する。複数名で介助する連携も検討します。
- 初期対応担当: 火元確認、ブレーカー遮断、玄関ドア開放などを行う。
- 持ち出し品担当: 非常持ち出し品の準備や運び出しを行う。
家庭で実践する避難訓練シナリオの具体例
家族構成に合わせた訓練シナリオを作成し、実際に試すことが重要です。
シナリオ例1:日中に大地震が発生した場合
- 揺れを感じたら: まず、各自が安全な場所(丈夫な机の下など)に身を隠します。高齢のご家族には、近くの安定した家具につかまるよう声かけを行い、可能であればクッションなどで頭部を保護します。
- 揺れが収まったら:
- 落ち着いて周囲の安全を確認します。火の元があれば消火を試み、ブレーカーを落とします。
- 高齢のご家族へは、落ち着いた声で「大丈夫ですか?」「どこか痛いところはありませんか?」と声をかけ、安否を確認します。
- 役割分担に基づき、玄関ドアを開放し、避難経路の安全を確認します。家具の転倒やガラスの飛散がないか確認しながら進んでください。
- 避難開始:
- 高齢のご家族の歩行能力や体調に合わせて、ゆっくりと避難を開始します。
- 介助のポイント: 腕を組む、肩を貸す、杖や歩行器の利用を促すなど、状況に応じた介助を行います。慌てさせず、ペースを合わせることが重要です。車椅子利用の場合は、段差の有無やエレベーターの停止を考慮した経路確認が不可欠です。
- 非常持ち出し品(高齢者の常備薬、入れ歯、眼鏡、補聴器、携帯食料、水など)を忘れずに持ち出します。
- 指定された避難場所へ: 事前に決めておいた避難場所(近所の公園や指定避難所など)へ向かいます。途中の危険箇所(倒壊の危険がある建物、電線、側溝など)に注意しながら進みます。
シナリオ例2:夜間・停電時に地震が発生した場合
- 揺れを感じたら: 日中と同様に身の安全を確保します。
- 揺れが収まったら:
- まず懐中電灯やヘッドライト、ランタンなどで明かりを確保します。充電式ランプや電池式の懐中電灯は手の届く場所に複数用意しておくことが望ましいでしょう。
- 足元が見えにくいため、特に高齢のご家族が転倒しないよう注意が必要です。手すりや壁に沿って移動するよう声かけをします。
- ガラスの破片などがないか、スリッパや厚手の靴下を履いて移動するようにしてください。
- 避難開始: 介助者は、高齢者の前方を懐中電灯で照らし、足元を誘導しながらゆっくりと進みます。声かけを頻繁に行い、不安を軽減するように努めます。
訓練で見つかる課題と改善策
実際に訓練を行うと、想定していなかった課題が見つかることが多くあります。これらの課題を放置せず、改善に繋げることが防災能力の向上に直結します。
よくある課題と改善策
- 課題:避難経路に障害物がある
- 改善策: 家具の配置を見直し、転倒防止対策を施します。通路には物を置かないように整理整頓を心がけてください。夜間でも通路が分かるように、足元灯や蓄光テープを設置することも有効です。
- 課題:高齢者の移動に時間がかかりすぎる、介助が困難
- 改善策: 避難介助の方法を具体的に練習します。例えば、タオルや毛布を使った移動方法(緊急時搬送シートなど)を検討し、実際に試してみるのも良いでしょう。複数人で介助する際の連携方法を確認することも重要です。
- 体力向上を目的とした簡単な体操やストレッチを日常に取り入れることも、ご本人の負担軽減につながる可能性があります。
- 課題:家族間の連絡がうまくいかない
- 改善策: 集合場所や安否確認の方法(災害用伝言ダイヤル171、SNS、地域の災害掲示板など)を具体的に決め、家族全員で共有します。携帯電話の充電器やモバイルバッテリーの準備も忘れないようにします。
- 課題:持ち出し品が重い、必要なものがすぐに見つからない
- 改善策: 持ち出し品を軽量化し、必要なものを厳選します。高齢者用の非常持ち出し品(お薬手帳、常用薬、補聴器の予備電池、入れ歯ケースなど)は、一箇所にまとめてすぐに持ち出せるように準備してください。定期的に中身を確認し、使用期限切れがないか点検することが望ましいでしょう。
- 課題:避難場所までの道のりが危険に感じる
- 改善策: 自治体が作成しているハザードマップを確認し、より安全な避難経路を複数検討します。実際に歩いてみて、危険箇所(崩れやすい斜面、狭い道、交通量の多い道路など)を把握し、迂回経路を設定することが考えられます。
定期的な訓練と見直しの重要性
一度訓練を行ったら終わりではありません。家族の状況は変化しますし、季節や時間帯によって災害の状況も異なります。
- 半年に一度、あるいは季節の変わり目ごとに訓練を実施し、計画を見直すことを推奨します。
- 異なる時間帯や状況を想定した訓練(例:夜間、雨天時、家族の一部が不在の場合など)を行うことで、より実践的な対応力が身につきます。
- 訓練で発見された課題は、家族会議で共有し、具体的な改善策を話し合ってください。
おわりに
高齢者を含むご家族の防災対策は、一人ひとりの状況を深く理解し、それに基づいた具体的な計画と訓練が不可欠です。本記事で提供した情報が、皆様の家庭における防災意識を高め、より安全な避難行動への一助となることを願っております。家族全員で防災について話し合い、行動する習慣を身につけて、安心して暮らせる家庭を目指しましょう。